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2021.01.12

わたしの初めての香水(前編)

香水にすっかり魅せられて、15年ほど経つ。初めて自分の香水を買ったのは中学生の時で、近くの百貨店でラルフローレンのROMANCESILVERという香水を買った。香水が欲しくなったきっかけはせいぜい、思春期を迎えてモテたいという程度のことだったと思う。ただ、小さい頃から少々ひねくれていた僕は、みんなが使っているものを買うのだけは嫌だった。その頃、周りの先輩(同級生に香水を使っている人はまだいなかったと思う)たちはたしか、ブルガリのPOURHOMMEやBLACK、ヴェルサーチのBLUEJEANSなどを使っていた。POURHOMMEなんて今はかえって素晴らしい香水だと思うのだが、とにかくこのあたりは避けようということになって、母に相談することにした。というのも、当時は今ほどインターネットが自在ではなかったし、周囲と被らないように有益な情報を得ようとしたら香水好きの母に頼るしかなかったのだ。ところがひとつ問題があった。それは、母が香水を使うことを僕は非難していたという事実である。
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母はクリードのSPRINGFLOWERやキャロンのLADYCARON、ジバンシーのYSATISなど濃厚なフローラル香を好んで使っていたのだが、子供の未熟な鼻にとってそれらはあまりに刺激が強すぎて、2つ下の弟といっしょに香水反対の一大抗議運動を展開していたのだ。そんな母に向かって一転、香水が欲しいというわけだから、その気まずさや気恥ずかしさは尋常のものではない。しかし背に腹は替えられない。何しろ、どこに買いに行ったらいいかすらわからないのである。
あの、と声をかけ、香水が。欲しいんだけど…と語尾はフローリングに落ちた。それまで香水を嫌っていた息子に「香水が欲しい」と言われた母は、全てを悟ったような、ある種の残忍さを帯びたまばゆい笑顔を向けて、あら。というひと言を短く弾ませた。きっといまの僕も「香水に興味があって」と人から言われるたび、この15年前の母とそっくりの笑顔をしているのだろう。そこには親子の相貌以上の何かが宿っているのかもしれない。
それにしても思うのは、もしこの時、僕の思春期があと少しだけこじれていて母に聞くことをやめていたら、現在のようなありさまにはならなかったのだろうか。いや、なんとなくだが、僕のこの香水愛は、この1度きりの人生上に時限式で設定されていたような気がする。それほどに、香水のない人生を今の僕は想像することができない。
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ともかくも、息子の無条件降伏を受けた母はダイニングテーブルの椅子に僕を座らせ、まるでその調印式のように自分も向かいの椅子に座ってから、どんな香りがいいの、と聞いた。“どんな香りがいいかと聞かれても、どう答えていいかわからない”ということの記念すべき初体験である。迷いながらも、僕がつけても変じゃない香りかなと答えると、母はまた違った種類の笑みを浮かべて、梅田のラルフローレンに行ってらっしゃい、と言った。
なんでも、父と初めて見合いをした日にその未来の夫はラルフローレンのPOLOをつけていたそうで、無論それで結婚を決めたわけではないにせよ母にとっては思い出の香りらしい。また一方で(これはのちに聞いたことだが)、大学卒業後に半ば家出するように渡米して現地で就職した父にとって、ラルフローレンというブランドはアメリカそのものであり、彼の国でやっていくと決めたことのいわば象徴のように、父は今でもラルフローレンの服をよく着ている。要するに母は、家族にとって特別な意味を持つブランドのその特別さを、自分が愛する香水を連結管にして僕に分け与えようとしたのだ。
さて、そのような極めてドメスティックな理由を道しるべにして、僕は一路、梅田の阪急百貨店へと向かったのである……いったいこんな話が後編に続いていいのだろうかという確かな不安を抱きながら、後編に続く。

プロフィール:
ベセベジェ@dantalionperfu6
香水好きの会社員。LIBERTAのコラムを担当。日本未上陸の香水からヴィンテージ品にも精通し、コレクションは200本を超える。好きな香料はリコリス、バニラ、サンダルウッド。

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