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2020.08.01

「本質」とは

リニューアルする以前、わたしたちのウェブサイトには「粋」という言葉が掲げられていた。目に見えないものにこだわる美学というか、本質を知ったうえでちょっとハズすというか、自分の世界観や感性に確信を持ちつつも肩ひじを張りすぎず、別に人と違ったっていいじゃないか、と少しアイロニカルに笑うスーツ姿の長身を空想していて(言うまでもなく筆者とはかけ離れている)、たまたまそんなような感覚を言語化しようとしたら「粋」が最もしっくりきた。だから、辞書的な「粋」という意味よりもっと観念的かもしれないし、そういう意味では「粋」という言葉でなくてもいいのかもしれない。ともかくも、便宜上そう呼ぶことにした。
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空想と言ったが、実はある特定の人物を思い浮かべている。白洲次郎である。数年前に、なぜだか突然ブームが起きて関連著作が山のように出版された(しばしばこういうことがある。最近だと田中角栄がそうだろうか)のでご存知の方も多いはずだ。戦後、吉田茂のブレーンとしてGHQとの交渉にあたり、経済政策や平和条約締結に関わった彼はそのタフネゴシエーションぶりから“従順ならざる唯一の日本人”と呼ばれたのだが、白洲を有名たらしめているのはそれら政治的功績だけでなく生き様そのものかもしれない。

ケンブリッジに留学していた白洲は、そこで出会ったロビン—のちの第7代ストラフォード伯爵ロバート・セシル・ビングと親交を深め、貴族の矜持とライフスタイルを学んだという。故にマナーとファッションにおいては英国スタイルに徹底してこだわり、それを自ら「プリンシプル(信条)」と呼んで終生曲げなかった。HENRY POOLEのスーツにTURNBULL&ASSERのシャツ、傘はBRIGGを細く巻き、James Lock&Coの帽子をかぶる白洲の姿には人目を引く主張的な派手さや目新しさは一切ない。極めてベーシックでオーセンティックで、そしてだからこそ、昭和25年の日本で白いTシャツにブルーのジーンズを履いたあの姿には尋常ならざる説得力と正当性がある。

本質を知ることの恰好良さ。守破離の守。基本の基。ただ、香水において本質という考えを持ち込むのは難しい。かつての名香を指すのか、香料そのものを指すのか、あるいは香道や香油のような歴史的背景を本質と呼ぶのか、正直正解は分からないのだが、あるもう一人の香水に関わる「粋」な人物が雑誌のインタビューに答えてこう言った。
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『香水は装いです。身に着けて心地よさが感じられなくてはいけません。香りとは悦びなのです。』—フレデリック・マル

品質、価格、ブランドイメージ、TPOはもちろん大切だけれど、いま手に取ったその香りは何よりもまず自分のための香りではないか。気に入らない服を着ることも、食べたくないものを食べる必要もない。香水だって同じだ。いや、衣服や食事以上に、香りについては自分にわがままでいいのかもしれない。書き終えて、二人の白髪の老紳士が、不敵な笑みを浮かべながら頷いた気がした。

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