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関ヶ原2020

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2020.09.19

先日Twitterで“関ヶ原2020”というトピックが目に入った。慶長5年9月15日に関ヶ原の戦いが起こったということで、各武将に扮したアカウント(無粋な表現かもしれない)がタイムラインを盛り上げたらしい。
関ヶ原の戦いと聞くといつも思い出す話がある。やや寓話的だが、関ヶ原で奮戦した徳川四天王・井伊直正から数えて16代目の当主であり、30年にわたって彦根市長を務められた井伊直愛氏が幼少のころ、祖父である井伊直憲伯爵に連れられて汽車に乗せられ、岐阜県のその古戦場にさしかかった時に「この野をよく見ろ。ここでわれらのご先祖が死を賭して戦ってくれたからお前は今学校に行き、三度の飯が食えるのだ。」と言われ、氏はそれを終生忘れなかったという。筆者は武門の出でもないから歴史的感慨以上の目をもって古戦場を眺めることはないが、戦に限らずとも歴史のある一場面が質量を伴った鎖となって一部の人々を縛り続けることがあるようだ。

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ジュースは秋の色

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2020.09.07

9月になった。暦の上では立派な秋である。四季の中で、秋というこの歯切れのよい響きの言葉が持つ魅力はいったい何だろう。食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋、睡眠の秋と、およそ地上にある楽しそうなことのほとんどが秋に詰め込まれているようだ。食欲、というのは多くの果物や魚が旬を迎えるからだと思うのだが、とはいえこのテクノロジー溢れる現代で旬の概念はもはや平らになりつつあり、いやいや、夏に比べ日照時間が短くなることでセロトニンの分泌量が落ちて食欲が増すのだという科学的な説明のほうがそれっぽく聞こえてしまう。もし食欲の秋がセロトニンの秋という呼び名に変わってしまう時が来たら、それが世界の終わりの始まりかもしれない。

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ダチョウの卵

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2020.08.24

しかし暑い。今この文章を打っているパソコンのどこか平たい面で目玉焼きが焼けるくらいに暑い。そう、目玉焼きと言えば、以前ダチョウの卵の目玉焼きを食べたことがある。途方もない大きさで、割って出すとホットプレートがその卵一つ分の中身でいっぱいになる。そんな大きさでは適当な焼き加減など分かるはずもなく、思うタイミングで黄身のところをパンですくって食べた。味は思いのほか淡白だが質感がもったりとしていて、口の中で卵黄の風味が緩やかに広がった。

重要なのは、筆者は実は卵が大嫌いということなのだが、好き嫌いを問わず出来事そのものを文章にしてみることで、自分の体験をほんの少し特別なものとして残すことができる。文章を書くということは、大げさに言えば叡智を蓄積することだ。感情も、国籍も、時空をも超えてそのような叡智にアクセスするための鍵はただ一つ、「読む」ということに他ならない。さて、香水の話である。

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誰かのために

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2020.08.14

正直な告白をすると、筆者は最近香水について考える時間が以前に比べて少なくなってしまった。以前、というのはもちろんコロナ禍の前のことを指す。朝、出勤ギリギリの時間の中で朝食のパンを焼くか香水を選ぶかとなったら迷わず後者を選んでいたし、出張前日はどの香りをアトマイザーに詰めるかに多くの時間を割いた。そういった気持ちが、少なくなった。分かりやすく原因を挙げるなら外出自粛やテレワークの普及で外に出なくなったからだろうし、外に出なくなったということは誰かに会わなくなったということでもある。しかし、と思う。自分は「誰か」のために香水を纏っていたのだろうか。

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「本質」とは

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2020.08.01

リニューアルする以前、わたしたちのウェブサイトには「粋」という言葉が掲げられていた。目に見えないものにこだわる美学というか、本質を知ったうえでちょっとハズすというか、自分の世界観や感性に確信を持ちつつも肩ひじを張りすぎず、別に人と違ったっていいじゃないか、と少しアイロニカルに笑うスーツ姿の長身を空想していて(言うまでもなく筆者とはかけ離れている)、たまたまそんなような感覚を言語化しようとしたら「粋」が最もしっくりきた。だから、辞書的な「粋」という意味よりもっと観念的かもしれないし、そういう意味では「粋」という言葉でなくてもいいのかもしれない。ともかくも、便宜上そう呼ぶことにした。

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